21/08/2026
【第11部】その75.今より東側にあった旧唐津駅
唐津の鉄道は1894(明治27)年に、唐津炭田の石炭を唐津港へ輸送する目的で発展しました。1898(明治31)年に唐津駅が開設し、大正期に順次拡張され1935(昭和10)年に山本・伊万里間が開通し、現在のJR唐津線と筑肥線が全線開通となりました。
大正末期の唐津駅舎は今より東側、現在の駅構内店舗前の駐車場付近に位置し、駅前広場からの人の流れは東側に向かっており、西側には車両が行き交うロータリーがありました。その後の鉄道高架に伴い、1984(昭和59)年に北口広場が完成、唐津駅は現在の場所に移動し、駅前広場には鶴のオブジェと共に、鉄道整備の功労者・草場猪之吉等の功績を讃えた碑が設置されています。
また、西唐津駅から延伸が計画されていた呼子線については、国鉄の経営の悪化により、1980(昭和55)年に工事が中止され幻の鉄道となりました。しかし、昨年発売された人気ゲームソフトの新作「桃太郎電鉄2」の中で実在しない「呼子駅」が登場し、鉄道ファンの間で話題になりました。
※この内容は令和7年11月27日佐賀新聞に掲載された「からつ今昔写真観」を加筆再構成しました。
※写真は順に
・大正末期の唐津駅の写真
・当時と同じ位置と思われる今の写真(駅構内店舗の入口付近)
・昭和35年頃の唐津駅ロータリーの写真
・今の草場猪之吉等の記念碑