斎藤清美術館

斎藤清美術館 12月1日(日)から、会津の斎藤清美術館では、会津の冬〜白からはじまる「ふぶく日のシルエット」展が開催されます。
「ふぶく日のシルエット」というフレーズからして、いままでの企画

●斎藤清略歴

斎藤清(Kiyoshi Saito)、福島県会津の世界的版画家。
1907年4月27日 (土曜日)- 1997年11月14日(金曜日)、享年90歳。

父親の仕事上、4歳でふるさと会津をはなれ、北海道夕張へ移住。
幼い頃から絵を描くことが大好きで、北海道小樽の看板ポスター店へ就職。
1927年20歳でフリーランサーとなり、
1929年22歳の時、成田玉泉にデッサンや油彩画を学び、のちに玉泉の紹介で棟方志功を知る。
1931年24歳で上京、広告制作の仕事をしながら油絵を独学。
そして運命の1936年、29歳の時、
安井曽太郎の木版画『正月娘姿』にインスパイアされ手探りながらも木版画制作に着手。
初めての木版画『子供座像』『少女』は、第5回日本版画協会展に初出品、初入選。

その後、1948年41歳の時、サロン・ド・プランタン展に『ミルク』を出品、トップ賞を受賞。
後々、この展

覧会はアメリカ各地をツアー。
1951年44歳の時、第1回サンパウロ・ビエンナーレ展に『凝視(花)』を出品、在サンパウロ日本人賞を受賞。
これは、戦後日本人による初めての国際展受賞であり、
斎藤清の名と日本の現代版画のポテンシャルを世界へ一斉に広める出来事へと。
以来、海外とのつながり、海外との交流が深まるにつれ、
斎藤清自身の中に、無意識だった日本人としての自覚が徐々に求められたようで。
この時期、京都や奈良、鎌倉など日本文化をモチーフにした作品が数多くあるのは、その反映とのこと。
とは言え、桂離宮や竜安寺、唐招提寺、法隆寺などを描いた作品でも、人が見慣れた構図では描いていない。
いわば、斎藤清の、独創的なモダニズムの構図。

1980年代以降、独自の画風と造形美を構築した斎藤清は、新たなフィールドを求めて連作『会津の冬』に専念。
厳しくも温かなまなざしで、ふるさと会津を彫り続けた。

参考資料: 
『斎藤清美術館所蔵作品集』 編集・発行/やないづ町立斎藤清美術館
『私の好きな斎藤清版画100選』 編集・発行/やないづ町立斎藤清美術館
『生命の指標/斎藤清』 監修/米倉守 印象社


●斎藤清美術館: 
http://www.town.yanaizu.fukushima.jp/bijutsu/

住所

柳津下平乙187
Aizubange-machi Kawanuma-gun, Fukushima
969-7201

営業時間

火曜日 09:00 - 17:00
水曜日 09:00 - 17:00
木曜日 09:00 - 17:00
金曜日 09:00 - 17:00
土曜日 09:00 - 17:00
日曜日 09:00 - 16:30

電話番号

0241-42-3630

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