ちちぶ銘仙館 - Chichibu Meisen Museum

電話する アクセス ウェブサイト 博物館に問い合わせる

ちちぶ銘仙館 - Chichibu Meisen Museum ちちぶ銘仙館公式フェイスブックページです。秩父市の伝統産業であり、国の伝統的工芸品に指定されている「秩父銘仙」に関する展示や銘仙着物の企画展示、染めと織りの体験のワークショップを行っております。秩父市にお越しの際はぜひお立ち寄りくださいませ。

大正から昭和初期にかけて流行した秩父銘仙着物や資料、その他織物を作る際に使用する機械を展示しています。
毎月第二土曜日にはすべての機械を動かし秩父銘仙ができるまでの全工程をご覧いただけます。

その他、手織り/型染め/藍染めの体験ができます。
【手織り】コースター:1,000円
【型染め】ハンカチ/巾着:1,000円
【藍染め】ハンカチ:1,300円
※事前にお電話でご予約いただけると確実です。

──そして、銘仙のものがたりは続く。「メイセン百科事・展」本日、閉幕いたしました。ひとつの銘仙との邂逅、残された色彩と対峙し、絹の向こうにある時代を辿る。銘仙との刻を重ねながら、この三年間、さまざまな企画展をお届けしてまいりました。季節が巡...
12/09/2026

──そして、銘仙のものがたりは続く。

「メイセン百科事・展」
本日、閉幕いたしました。

ひとつの銘仙との邂逅、
残された色彩と対峙し、
絹の向こうにある時代を辿る。

銘仙との刻を重ねながら、
この三年間、
さまざまな企画展をお届けしてまいりました。

季節が巡るたび、
新たな銘仙が並ぶ空間へ、
多くの方が足を運んでくださいました。

遠方から訪ねてくださった方。
幾度となく足を運んでくださった方。

そして、
画面の向こうから見守ってくださった皆さま。

銘仙を通して生まれた
ひとつひとつの出会いに、
心より感謝申し上げます。

展示は終わりの刻を迎えたとしても、
銘仙に刻まれた時代も、
そこに宿る美しさも、
永遠に消えることはない。

また、いつか。
どこかで。

三年間、本当にありがとうございました。

「メイセン百科事・展 ― 銘仙エンサイクロペディア ―」本日閉幕

#銘仙
#銘仙展
#アンティーク銘仙

#着物展

──昭和4年、銘仙は流行の最先端にあった。昭和4年(1929)に発行された、大阪三越の広報誌『大阪の三越』。誌面を彩るのは、華やかな「模様銘仙」の数々です。「春の銘仙表現の美、技巧の冴え流行色応用の新柄」そこに紹介されているのは、大胆な構図...
04/09/2026

──昭和4年、銘仙は流行の最先端にあった。

昭和4年(1929)に発行された、
大阪三越の広報誌『大阪の三越』。

誌面を彩るのは、
華やかな「模様銘仙」の数々です。

「春の銘仙
表現の美、技巧の冴え
流行色応用の新柄」

そこに紹介されているのは、
大胆な構図、鮮やかな色彩、
そして冴えわたる絣の技巧。

銘仙が無地や縞の着物から、
多彩な模様を纏う流行着へと大きく変貌した時代。

昭和4年は、
華やかな「模様銘仙」が隆盛を迎えた、
まさにその只中にありました。

百貨店には新しい銘仙が並び、
女性たちは、より新しい色を、
より新しい模様を求める。

それに応えるように、
産地では新たな染織技術が生まれ、
銘仙の表現はますます豊かになってゆきました。

いまでは「昔の着物」となった銘仙も、
当時の女性たちにとっては、
時代の先端をゆくファッションでした。

古いから、美しいのではない。

新しい時代の美を追い求めたからこそ、
銘仙は、これほど鮮やかだった。

昭和4年の誌面には、
模様銘仙が最も華やかに咲いた時代の熱気が、
今も残されています。

『大阪の三越』
昭和4年(1929)

「メイセン百科事・展」より。

──銘仙を彩る、古典の美。昭和10年頃に製作された、御召銘仙。流れるような疋田流水文に手毬を配した意匠は、型友禅を思わせる華やかな古典模様で彩られています。しかし、その美しさを生み出しているのは、染めではなく、織りの技。糸目だけで描かれた手...
02/09/2026

──銘仙を彩る、古典の美。

昭和10年頃に製作された、御召銘仙。

流れるような疋田流水文に手毬を配した意匠は、
型友禅を思わせる華やかな古典模様で彩られています。

しかし、その美しさを生み出しているのは、
染めではなく、織りの技。

糸目だけで描かれた手毬の牡丹と、流水文の疋田絞り模様は、
経糸を染め分ける「解織」によって表現。

さらに、手毬を飾る橘や椿には、
金糸を用いた「縫取織」を施し、
併用絣の上に、きらめくような華やぎを添えています。

絣の美しさ。
染めを思わせる繊細な表現。
そして、金糸による装飾。

さまざまな技法を一着の銘仙に重ね、
より華やかに、より高級に。

技術と意匠の成熟を迎えた、
昭和初期ならではの一着です。

三重県度会郡玉城町「玄甲舎」で開催される企画展への作品貸出に伴い、
ちちぶ銘仙館では一部展示替えを行いました。

銘仙という織物が持つ、豊かな多様性。

ぜひ、間近でその繊細な仕事をご覧ください。

疋田流水文に手毬文様 縫取併用絣 御召銘仙
推定・伊勢崎/袷長着/昭和10年(1935)頃

「メイセン百科事・展」より。

──祝いの日にも、銘仙を。昭和22年(1947)。秩父の機業者「島豊」に生まれ育った一人の少女が、六歳の「帯解」の祝いに袖を通した、秩父銘仙の祝い着です。鮮やかな紅色の地を舞う飛鶴。その傍らには、松竹梅。子どもの健やかな成長と、これから続く...
01/09/2026

──祝いの日にも、銘仙を。

昭和22年(1947)。

秩父の機業者「島豊」に生まれ育った一人の少女が、
六歳の「帯解」の祝いに袖を通した、秩父銘仙の祝い着です。

鮮やかな紅色の地を舞う飛鶴。
その傍らには、松竹梅。

子どもの健やかな成長と、
これから続く長い人生への願いを託した、
祝いの文様が一面に織り出されています。

技法は、解織。

戦後間もない秩父で、
銘仙はまだ特別な美術品ではなく、
人々の暮らしのすぐそばにある織物でした。

普段着として。
よそゆきとして。
そして、人生の節目を寿ぐ一着として。

田舎では、祝い着も銘仙だった。

一人の少女の成長を祝ったこの小さな着物は、
銘仙が人々の暮らしとともにあった時代を、
今に静かに伝えています。

飛鶴松竹梅文様 解織 秩父銘仙
女児祝い着/昭和22年(1947)着用

「メイセン百科事・展」より。

【銘仙イベントのお知らせ】三重県玉城町の国登録有形文化財「玄甲舎」に、再び銘仙が彩りを添えます。江戸時代末期、田丸城主・久野家の家老を務めた金森得水の茶室兼居宅として建てられた玄甲舎。その歴史ある空間と、銘仙が描く世界。刻を重ねた日本建築と...
21/08/2026

【銘仙イベントのお知らせ】

三重県玉城町の国登録有形文化財「玄甲舎」に、再び銘仙が彩りを添えます。

江戸時代末期、田丸城主・久野家の家老を務めた金森得水の茶室兼居宅として建てられた玄甲舎。

その歴史ある空間と、銘仙が描く世界。

刻を重ねた日本建築と、近代を鮮やかに彩った銘仙。
ふたつの美が響き合う田丸の地へ、ぜひお越しください。

「秩父からメイセン来たる 銘仙展」

会期:令和8年9月9日(水)〜9月27日(日)
会場:玄甲舎(三重県度会郡玉城町)

「流行の変遷」日常着であった銘仙は、同時に時代を映すファッションでもありました。その意匠には、時代ごとの流行の変遷が鮮明に刻まれています。しかし、こうした「流行」という視点は、これまで銘仙を語るうえであまり重視されてきませんでした。また当時...
20/08/2026

「流行の変遷」

日常着であった銘仙は、同時に時代を映すファッションでもありました。その意匠には、時代ごとの流行の変遷が鮮明に刻まれています。

しかし、こうした「流行」という視点は、これまで銘仙を語るうえであまり重視されてきませんでした。

また当時は、着用する年齢によってふさわしい色彩や模様が異なるという慣習があり、銘仙の意匠もその年齢層を強く意識してつくられていました。

現在では「銘仙」と聞いて朝ドラの衣装を思い浮かべる方も少なくありません。しかし、ドラマの衣装が必ずしも当時の流行や着用年齢を忠実に再現しているとは限りません。

銘仙を「いつ、誰が、どのように着たのか」。

その視点から見つめ直すことで、銘仙のもうひとつの歴史が見えてきます。

「メイセン百科事・展」より。

「村山大島」銘仙産地で繰り返し模倣され、ひとつの流行を築いた大島紬。本場大島紬が絹織物として大きな人気を博したのは大正期に入ってから。それ以前の明治期から、銘仙では大島紬を模した織物が「絹大島」の名で生産され、昭和前期にかけて隆盛しました。...
19/08/2026

「村山大島」

銘仙産地で繰り返し模倣され、ひとつの流行を築いた大島紬。

本場大島紬が絹織物として大きな人気を博したのは大正期に入ってから。それ以前の明治期から、銘仙では大島紬を模した織物が「絹大島」の名で生産され、昭和前期にかけて隆盛しました。

秩父や伊勢崎をはじめ、飯能、館林、村山なども大島の産地として名声を博し、当時は銘仙の一ジャンルとして広く認識されていました。

村山大島は昭和50年(1975)に国の伝統的工芸品に指定されます。

その歴史を遡れば、そこには銘仙の時代がある。
今では遠く忘れられた、村山大島のもうひとつの姿。

「メイセン百科事・展」より。

「締切絣の流行」明治後期から長く続いた銘仙の流行を支えた「締切絣」。経糸を染め分け、杢引き器で糸をずらす「経擦れ」によって、多彩な模様を生み出しました。かつて銘仙産地には、杢引き器で柄出しした経糸を緒巻に巻き取る工程を専門とする業者も数多く...
18/08/2026

「締切絣の流行」

明治後期から長く続いた銘仙の流行を支えた「締切絣」。

経糸を染め分け、杢引き器で糸をずらす「経擦れ」によって、多彩な模様を生み出しました。

かつて銘仙産地には、杢引き器で柄出しした経糸を緒巻に巻き取る工程を専門とする業者も数多く存在し、その隆盛を支えていました。

今では生産されることのなくなった締切絣。

往時の銘仙を彩った、その多彩な表現をぜひ会場でご覧ください。

「メイセン百科事・展」より。

「解織の精華」数ある模様銘仙のなかで、最も長く生産され続けた「解織」。かつて「模様銘仙」という呼び名が、解織そのものを指したほど、銘仙を代表する技法でした。伊勢崎、そして足利。銘仙産業の終焉まで、最後の機屋が織り続けていたのも解織の銘仙でし...
16/08/2026

「解織の精華」

数ある模様銘仙のなかで、最も長く生産され続けた「解織」。

かつて「模様銘仙」という呼び名が、解織そのものを指したほど、銘仙を代表する技法でした。

伊勢崎、そして足利。
銘仙産業の終焉まで、最後の機屋が織り続けていたのも解織の銘仙でした。

長い時代を彩り続けた、模様銘仙の精華。

「メイセン百科事・展」より。

住所

熊木町28/1
Chichibu-shi, Saitama
368-0032

営業時間

月曜日 09:00 - 16:00
火曜日 09:00 - 16:00
水曜日 09:00 - 16:00
木曜日 09:00 - 16:00
金曜日 09:00 - 16:00
土曜日 09:00 - 16:00
日曜日 09:00 - 16:00

電話番号

+81 494-21-2112

ウェブサイト

アラート

ちちぶ銘仙館 - Chichibu Meisen Museumが新しいニュースやキャンペーンを投稿したら、いち早くメールでお知らせします。メールアドレスが他の目的に使われることはなく、いつでも配信を停止できます。

博物館に問い合わせる

ちちぶ銘仙館 - Chichibu Meisen Museumにメッセージを送信:

ショートカット

共有する