大洲古学堂保存会

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大洲古学堂保存会 大洲古学堂保存会, 愛媛県大洲市阿蔵甲1844八幡神社内, Ozu-shiの連絡先、地図と道順、お問い合わせフォーム、営業時間、サービス、評価、写真、動画、お知らせ。

八幡神社参道から古学堂への入り口にある冠木門(かぶきもん)。約2年間何の表示もない状態でしたが、ご縁があって、三輪田米山顕彰会の会長であり、書家でもある武田英三様に看板の字を奉納揮毫していただきました。力強くも包み込む様な優しさと内面に威厳...
04/10/2026

八幡神社参道から古学堂への入り口にある冠木門(かぶきもん)。
約2年間何の表示もない状態でしたが、ご縁があって、三輪田米山顕彰会の会長であり、書家でもある武田英三様に看板の字を奉納揮毫していただきました。

力強くも包み込む様な優しさと内面に威厳を感じる字で正に古学堂にぴったり。かけた瞬間違和感なく収まっただけでなく、古学堂自体が活気を取り戻した様な空気になった気がします。

これから末永く参道を行く人を古学堂へ導いてくれると思います。大切に掲げて参ります。

武田様、ありがとうございました。

古学堂蔵書その7 「寛平御時后宮歌合 他」これまで神道関連の本ばかり紹介してきましたが、古学堂には和歌に関する本も多く残ります。今回はそのうち、平安時代の歌合(うたあわせ)をまとめた写本をご紹介します。「寛平御時后宮歌合」(かんぴょうのおお...
19/09/2026

古学堂蔵書その7 「寛平御時后宮歌合 他」

これまで神道関連の本ばかり紹介してきましたが、古学堂には和歌に関する本も多く残ります。
今回はそのうち、平安時代の歌合(うたあわせ)をまとめた写本をご紹介します。

「寛平御時后宮歌合」
(かんぴょうのおおんときのきさいのみやうたあわせ)」
「寛平御時中宮歌合」
(かんぴょうのおおんときちゅうぐううたあわせ)
「永承殿上根合」
(えいしょう でんじょう ねあわせ)
「麗景殿女御歌合」
(れいけいでんのにょうごうたあわせ)

歌合は、歌人が左右に分かれて同じ題の和歌を詠んでその優劣を競い合う行事で、平安時代、宮廷で盛んに開催されました。

 その中の一つ「寛平御時后宮歌合」は、現存する最も早い歌合の事一つとのこと。紀貫之(きのつらゆき)、紀友則(きのとものり)などの名前が見えます。
写真に見える紀貫之の一首を紹介します。

夏の夜の臥(ふ)すかとすればほととぎす鳴く一声に明くるしののめ

夏の夜にまどろんだと思うともうホトトギスが鳴き、朝明けを迎えていた、という夏の夜の短さを歌った一首です。

寛平といえば西暦890年頃。1000年以上前の人の心情が和歌という形で大切に守り伝えられ、現代に生きる私たちがそれを読み、その気持ちに共感することができる。

国が長く続くということがいかに恵まれたありがたいことかと痛感します。

〈古学堂蔵書その⑦〉
【書名】寛平御時后宮歌合 他
【主催】皇太后・班子女王 荘子女王他
【年代】 寛平年間(889〜898)・平安中期他
    ※書写時期不明

※現在蔵書・資料類は別の場所で保管しており、古学堂にはありません。

#歌合
#根合
#班子女王
#寛平御時后宮歌合
#寛平御時中宮歌合
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古学堂蔵書その6は北畠親房の「東家秘伝(とうかひでん)」です。北畠親房といえば南朝の正当性を記した「神皇正統記」ですが、この東家秘伝はそれに先立つ鎌倉後期から南北朝初期に成立したと言われ、その叩き台になったとされる本。神道の基本資料を整理し...
13/09/2026

古学堂蔵書その6は北畠親房の「東家秘伝(とうかひでん)」です。

北畠親房といえば南朝の正当性を記した「神皇正統記」ですが、この東家秘伝はそれに先立つ鎌倉後期から南北朝初期に成立したと言われ、その叩き台になったとされる本。神道の基本資料を整理して紹介し、一部自身の解釈、意見を述べる形になっています。

古学堂には当本の写本が2冊ありますが、いつか内容に違いがあるか比較してみたいと思います。

〈古学堂蔵書その⑥〉
【書名】東家秘伝(とうかひでん)
【著者】北畠親房(准三宮)
【年代】暦応4年(1341)

※現在蔵書・資料類は別の場所で保管しており、古学堂にはありません。

#北畠親房
#南北朝
#神皇正統記
#東家秘伝

今日は古学堂に、らくさぶろうさん、ひめさぶろうさんにお越しいただき、10月から大洲市立博物館で開催予定の矢野玄道、常磐井厳戈展に関する撮影でした。らくさぶろうさんが厳戈役、ひめさぶろうさんが玄道役ということで、お二人のやり取りを楽しく拝見し...
08/09/2026

今日は古学堂に、らくさぶろうさん、ひめさぶろうさんにお越しいただき、10月から大洲市立博物館で開催予定の矢野玄道、常磐井厳戈展に関する撮影でした。

らくさぶろうさんが厳戈役、ひめさぶろうさんが玄道役ということで、お二人のやり取りを楽しく拝見しました。

最後にそれぞれの子孫を交えてパシャリ。
完成が楽しみです。

ありがとうございました。

古学堂蔵書その4は谷川士清(ことすが)他の「亀卜(きぼく)紀聞」、そしてその5「亀卜伝」です。 谷川士清は、伊勢国津の生まれの国学者。日本最初の国語辞典「和訓栞」を編纂したことで知られ、玉木正英に垂加神道を学びました。あまり知られていません...
05/09/2026

古学堂蔵書その4は谷川士清(ことすが)他の「亀卜(きぼく)紀聞」、そしてその5「亀卜伝」です。

谷川士清は、伊勢国津の生まれの国学者。日本最初の国語辞典「和訓栞」を編纂したことで知られ、玉木正英に垂加神道を学びました。
あまり知られていませんが、八幡神社宮司で古学堂の学頭である兵頭守敬とは玉木正英の弟子ということからか深い交わりがあり、書簡などがいくつか残されています。

亀卜は亀の甲羅を焼いた際にできるひび割れの形で吉凶を判断する占いのこと。同本には、対馬で伝わる由来も書かれており、神功皇后の三韓征伐の際、対馬国の卜部の始めとなる雷命がそれに伴った後対馬の阿連村に戻り、亀卜を伝え残したとあります。

同書の状態はお世辞にも良いとはいえませんが、対馬や吉田家での亀卜の次第やひび割れ方の見方、概要などを紹介しています。士清以外にも別の名が見え、亀卜について書かれていることから、全て谷川士清が書いたものではなく、士清の論を中心にしながらも、亀卜について書かれた文書を一冊にまとめた体裁の写本と思われます。

巻末には士清の名とともに、大洲の陽明学者川田資哲(かわだ すけあき)が書写したことが書かれています。

ちなみに古学堂には亀卜に関する本(「亀卜伝」)がもう一冊あり、一部同じ内容が書かれています。こちらは土佐藩の国学者、谷垣守(丹四郎)による書写のようです。
※付録に松下幸雄翁伝あり。

〈古学堂蔵書その④〉
【書名】亀卜紀聞(きぼくきぶん)
【著者】谷川士清 他
   ※書写 川田資哲
【年代】寛保3年(1743)
   ※書写 宝暦8年(1758)

〈古学堂蔵書その⑤〉
【書名】亀卜伝(きぼくでん)
【著者】 不明
   ※書写 谷丹四郎
川井修理なる人物の名もあり
【年代】延享5年(1748)?

※現在蔵書・資料類は別の場所で保管しており、古学堂にはありません。

#玉木正英
#谷川士清
#垂加神道
#谷垣守
#亀卜

古学堂蔵書紹介その3は大山為起(おおやまためおき)の「葦水草(いすいそう)」です。大山為起は伏見稲荷大社の社家の生まれで、山崎闇斎に師事し、後に貞享4年(1687年)、松山藩主・松平定直(まつだいら さだなお)に招かれ、味酒神社(みさけじん...
02/09/2026

古学堂蔵書紹介その3は
大山為起(おおやまためおき)の
「葦水草(いすいそう)」です。

大山為起は伏見稲荷大社の社家の生まれで、山崎闇斎に師事し、後に貞享4年(1687年)、松山藩主・松平定直(まつだいら さだなお)に招かれ、味酒神社(みさけじんじゃ:現在の阿沼美神社)の神職となり、伊予に垂加神道を広めました。

当本は、伊勢の神宮の内宮・外宮の由緒とそれぞれの宮の神格について記し、そこに垂加神道の解釈を加えたたものと伝えられています。

※当写本文中には、「埴鈴翁曰く~」と書き込みが入っていました。埴鈴翁は、儒学者松岡恕庵(まつおか じょあん)の別号。どういう指摘かは不明ですが、梅宮大社について言及しています。


〈古学堂蔵書その③〉
【書名】葦水草(いすいそう)
【著者】波田忌寸(大山)為起
   (稲荷社神楽預)
【年代】天和3年(1683)8 月
   ※別系統の写本には天和2年とあり

大山為起と大洲、古学堂との関わりは特に記録にありませんが、垂加神道での繋がりがどの程度あったのか、これから地道に調べていきたいと考えています。

※現在蔵書・資料類は別の場所で保管しており、古学堂にはありません。

#山崎闇斎
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#垂加神道
#葦水草
#阿沼美神社
#松岡恕庵

古学堂蔵書紹介の2回目は、山崎闇斎(嘉)の「風水草」です。垂加神道の創始者として知られる山崎闇斎は、この本の中で、神道において重要な祝詞である中臣祓の解釈を伝授し、己の心身を極限まで清めることで人間の中の神性を迎え、神と人が一つになることが...
28/08/2026

古学堂蔵書紹介の2回目は、山崎闇斎(嘉)の「風水草」です。

垂加神道の創始者として知られる山崎闇斎は、この本の中で、神道において重要な祝詞である中臣祓の解釈を伝授し、己の心身を極限まで清めることで人間の中の神性を迎え、神と人が一つになることができるとしました。この本は秘伝として受け継がれ、神道思想に大きな影響を与えました。

当写本は、古学堂学頭の兵藤守敬の師でもあった山崎闇斎の弟子、玉木正英(たまきまさひで)経由で伝わったものと思われます。

巻末に、垂加神道の語源となった「神垂祈祷冥加正直」の文字があります(写真4枚目)。

〈古学堂蔵書その②〉
【書名】風水草(三冊のうちの後半一冊と思われる)
【著者】山崎 嘉(闇斎)
    (伝授) 玉木正英
【年代】正徳5年(1715)2月22日

なお、八幡神社境内には庚申社という末社がありますが、そこには、相殿として、山崎闇斎の御霊を祀る垂加霊社、玉木正英の御霊を祀る五十鰭(いひれ)霊社があります。
ぜひこちらもお参りください。

※現在蔵書・資料類は別の場所で保管しており、古学堂にはありません。

#山崎闇斎
#玉木正英
#垂加神道
#風水草

かつて古学堂には5000とも1万冊ともいわれる蔵書があったと言われていますが、約300年の間の度重なる水害で現在は約1200〜1500冊程度。現在は更なる水害を避けるために別の場所に預けていますが、時々出向いて虫干しをしています。記録がてら...
22/08/2026

かつて古学堂には5000とも1万冊ともいわれる蔵書があったと言われていますが、約300年の間の度重なる水害で現在は約1200〜1500冊程度。

現在は更なる水害を避けるために別の場所に預けていますが、時々出向いて虫干しをしています。
記録がてら撮影しましたのでこれから古学堂蔵書を不定期で紹介して参ります。

〈古学堂蔵書その①〉

【書名】日本書記 巻第一
【著者】※選者 舎人親王
    写書 兵頭式部(守敬)
【年代】養老4年(720)
※写書 享保16年(1731)

日本書記の写本。最初の項に「5冊の内」「伊豫国兵頭式部寫書」の書き込みあり。全5冊写した内の1冊か。
兵頭式部(守敬)は、江戸中期の八幡神社宮司で古学堂学頭。日本書記の写本は数多くありますが、
当館にとっては、古学堂(坂本塾)が誕生した貞享・元禄年間(1684〜1704)から文庫が建立される寛延3年(1750)までの間の活動状況を知る貴重な資料です。

古学堂の蔵書、所蔵資料は何度か調査が入ったものの、全体像はまだ明らかになっていません。
残り4冊も地道に探したいと思います。

古学堂の地元である、古久米武田地区女性サロン、たんぽぽの皆さんが見学に来てくださいました。一通り説明させていただいた後は、学室でゆったりと茶話会。地元の皆様だけに、幼い頃に来たことのある方、水害当時を知る方が多く、昔話に花が咲きました。あり...
17/06/2026

古学堂の地元である、古久米武田地区女性サロン、たんぽぽの皆さんが見学に来てくださいました。

一通り説明させていただいた後は、学室でゆったりと茶話会。

地元の皆様だけに、幼い頃に来たことのある方、水害当時を知る方が多く、昔話に花が咲きました。
ありがとうございました。

古学堂では、地元の皆様の様々な催しや会合に、お貸しすることもしております
ご希望の方はお声掛けください。

今日は卯之町町並みガイドの会の皆様が古学堂を訪ねてくださいました。情緒ある町並みを着物を着てガイドする皆さんだけあって、歴史への造詣も深く鋭い質問ばかりで意義深く楽しい時間でした。今度はこちらが卯之町をお訪ねしたいと思います。皆様ありがとう...
10/01/2026

今日は卯之町町並みガイドの会の皆様が古学堂を訪ねてくださいました。

情緒ある町並みを着物を着てガイドする皆さんだけあって、歴史への造詣も深く鋭い質問ばかりで意義深く楽しい時間でした。

今度はこちらが卯之町をお訪ねしたいと思います。
皆様ありがとうございました。

住所

愛媛県大洲市阿蔵甲1844八幡神社内
Ozu-shi, Ehime
7950025

電話番号

+81893234184

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