賀川豊彦記念松沢資料館

賀川豊彦記念松沢資料館 開館日:火曜~土曜及び祝日10時~16時(見学は16時半まで可)
閉館日:年末年始・夏期休館日・日曜日・月曜日(ただし(月)が祝日の場合は翌日(火)が休館日)

9月4日(金)に、2026年度第38回賀川豊彦学会大会が開催されました。賀川豊彦学会は賀川の信仰と思想、社会的活動など幅広く賀川について研究を行い、その成果を学会誌や講演会などを通じて会員相互の研究成果を共有して広く深く賀川の業績について学...
05/09/2026

9月4日(金)に、2026年度第38回賀川豊彦学会大会が開催されました。賀川豊彦学会は賀川の信仰と思想、社会的活動など幅広く賀川について研究を行い、その成果を学会誌や講演会などを通じて会員相互の研究成果を共有して広く深く賀川の業績について学んでいこうとする人々の集まりです。必ずしも大学や研究所などの研究者のみではなく、賀川の思想や活動に思いを寄せる実践者の研究も含めて賀川研究を志す者の学会です。

今回の第38回賀川豊彦学会大会には、当館から石部館長(石部館長は賀川豊彦学会の理事でもあります)と和田常務理事、私矢崎が参加をしましたので、2回に分けてご報告いたします。今回の大会は本所賀川記念館で開催されました(写真①)。本所賀川記念館で集合した後、午前はフィールドツアーとして中ノ郷信用組合(写真②)、光の園保育学校(写真③④)、東駒形教会(写真⑤)を見学しました。

本所賀川記念館に隣接する中ノ郷信用組合では、須田店長から中ノ郷信用組合の歴史と賀川豊彦との関係について説明を受けました。中ノ郷信用組合は1923(大正12)年の関東大震災後のセツルメント活動の一環として、1928(昭和3)年に賀川豊彦によって「中ノ郷質庫信用組合」として設立されたのが始まりです。以来、創業精神である隣人愛による相互扶助を基調とした、地域に根差した金融機関となっています。震災、空襲と大きな苦難があっても立ち上がり、隣人に支えられて発展してきた中ノ郷信用組合には、やはり「賀川イズム」が流れているとの須田店長の言葉は、とても印象的でした。

中ノ郷信用組合の見学後は、本所賀川記念館1、2階にある光の園保育学校を見学しました。関東大震災後の救援事業としての託児所が発展して、1928(昭和3)年に「光の園保育学校」として結実しました。現在の光の園保育学校は「食育」を重視していますが、それは賀川が震災後に「栄養食」を配給することを重視してきた伝統が今も残っているからですという説明が印象的でした。

最後に本所賀川記念館3階の東駒形教会で、酒井牧師のご挨拶がありました。東駒形教会も、震災後の救援活動の中、賀川豊彦らによって設立された本所基督教産業青年会の宗教部として伝道を開始したのが始まりです。

関東大震災後の賀川の救援活動、セツルメント活動における拠点となった墨田区本所ですが、震災から100年以上経った今でもこうした賀川の足跡が残されていますので、機会があれば皆様ぜひご覧になってみてください。

#賀川豊彦学会 
#本所賀川記念館 
#東京
#セツルメント
#賀川豊彦記念松沢資料館
#賀川豊彦

本日9月2日(水)に、生活協同組合コープながの様の団体見学がありました。当館では一時間半~二時間ほどのテキスト等を使用する「団体研修」の他、三十分~一時間ほどの簡単な「団体見学」も実施しています。事前にご予約いただければ、可能な限りご希望に...
02/09/2026

本日9月2日(水)に、生活協同組合コープながの様の団体見学がありました。当館では一時間半~二時間ほどのテキスト等を使用する「団体研修」の他、三十分~一時間ほどの簡単な「団体見学」も実施しています。事前にご予約いただければ、可能な限りご希望に応じた内容の研修・見学を実施できますので、よろしくお願いいたします。

長野と賀川豊彦は、実は様々な縁があります。軽井沢では、1927(昭和2)年の「百万人救霊運動協議会」の開催の他、キリスト教の伝道活動や社会運動に関する集会を多く行いました。また、長野県佐久市にある「小雀保育園」は、賀川の著書『二羽の雀』の印税によって1948(昭和23)年に創立された保育園です。

長野の文豪との交流も賀川は盛んでした。電車内の広告でよく見る軽井沢高原教会の初代牧師で、「軽井沢の聖者」と慕われた沖野岩三郎は、明治学院時代の賀川の同窓生です。また、長野県小諸市と縁の深い島崎藤村は賀川にとって明治学院の先輩であり、賀川は19歳の時に島崎藤村に『死線を越えて』の原案である『鳩の真似』を見せに行って評価を仰いでいます。その際に藤村から「数年間筐底に横たえて自分がよく判るようになってから世間に発表せよ」と諭され、その後『鳩の真似』は『再生』の改題を経てから、1920(大正9)年に『死線を越えて』として連載・出版されて大正期最大のベストセラーとなりました。

以上のように長野と賀川豊彦の縁は浅いものではないので、いずれフィールドワークを行いたいと思います。コープながのの皆様、お忙しい中ご見学いただき誠にありがとうございました。

#コープながの 様
#長野
#明治学院
#島崎藤村
#沖野岩三郎
#賀川豊彦記念松沢資料館
#賀川豊彦

8月27日(木)に、当館の杉浦副館長が講師で株式会社日立製作所様の団体研修がありました。日立製作所様は協同組合を取引先としている関係で、協同組合の理念を学ぶために毎年団体研修を受講していただいています。今年は特に生協・協同組合を取引先として...
29/08/2026

8月27日(木)に、当館の杉浦副館長が講師で株式会社日立製作所様の団体研修がありました。

日立製作所様は協同組合を取引先としている関係で、協同組合の理念を学ぶために毎年団体研修を受講していただいています。今年は特に生協・協同組合を取引先としている方々の団体研修が多くあり、とても嬉しく思います。

秋が近くなり、団体研修の申し込みも増えてきています。今後とも協同組合及び協同組合が取引先の方、単に協同組合に関心のある方など、お気軽に団体研修・見学をお申し込みください。

#日立製作所 様
#生協
#協同組合
#団体研修
#賀川豊彦記念松沢資料館
#賀川豊彦

来週の8月25日(火)から、「賀川豊彦と平和」ミニ企画展を開催いたします。当館の空間展示である旧松沢教会礼拝堂の横には、写真①の通り「企画展示コーナー」のパネルが掲げられたミニ企画展の入口があります。小規模な展示スペースなのでスルーされてし...
22/08/2026

来週の8月25日(火)から、「賀川豊彦と平和」ミニ企画展を開催いたします。当館の空間展示である旧松沢教会礼拝堂の横には、写真①の通り「企画展示コーナー」のパネルが掲げられたミニ企画展の入口があります。小規模な展示スペースなのでスルーされてしまうことも多いですが、当館では定期的にこちらのスペースでミニ企画展を開催しています。

今回は「賀川豊彦と平和」をテーマにして、JCA(日本協同組合連携機構)様がまとめた協同組合全国組織等の「積極的平和への取り組み」をお伝えするパネルと、「賀川豊彦と世田谷郷」の企画展にちなんだ世田谷パブリックシアター様発行の世田谷郷に関する絵地図等の展示を行っています。写真③④の上部に展示されているパネルは、先日の学芸員実習で実習生によって貼り付けられたものです。

今回の展示では賀川豊彦について具体的に言及されている訳ではありませんが、賀川が「平和とよりよい生活のために」尽力した生協・協同組合の現代における平和への取り組みと、戦災者支援として賀川が尽力した「世田谷郷」の歴史を学ぶことができる展示となっています。興味のある方はぜひご覧ください。

#JCA 様
#世田谷パブリックシアター 様
#平和
#協同組合
#世田谷
#賀川豊彦記念松沢資料館
#賀川豊彦

夏期休館日が終わり、8月18日(火)から当館は開館となりました。よろしくお願いいたします。今回は、8月8日(土)と8月15日(土)に開催された「賀川豊彦と世田谷郷」の記念講演会に参加をしましたので、その報告をいたします。8月8日(土)は当館...
20/08/2026

夏期休館日が終わり、8月18日(火)から当館は開館となりました。よろしくお願いいたします。今回は、8月8日(土)と8月15日(土)に開催された「賀川豊彦と世田谷郷」の記念講演会に参加をしましたので、その報告をいたします。

8月8日(土)は当館を会場として、「賀川豊彦の生涯」と題した講演会が開催されました。写真①②の通り当館の杉浦副館長が講演と館内ガイドを行いました。世田谷郷に関連して、賀川豊彦と世田谷に関する話や戦後まもなくの賀川の活動についての話が多くありました。参加者は世田谷周辺にお住まいの方々が多かったので、とても熱心に聞いていただきました。

8月15日(土)は三軒茶屋駅近くの三茶しゃれなあどホールで杉浦副館長が「賀川豊彦の人物像」と題して講演を行い(写真③)、特に賀川の平和運動についての話が多くありました。その後は「下馬兵舎時代の思い出」プロジェクト進行役の阿部健一様と、世田谷パブリックシアター劇場部学芸事業担当の塩原由香理様による、「世田谷郷の暮らしとまちの思い出を尋ねて」と題した講演がありました(写真④)。実際に世田谷郷の時代を知る地域の方々への聞き取り調査をした話と、それらを冊子や絵地図、紙芝居などにして後世に伝えていく活動についての話は、とても興味深く参考になるものでした。学生ボランティアや世田谷パブリックシアターの方々等によって制作された紙芝居『兵舎があった頃のこと』は会場の後方に展示されていました(写真⑤)。

「賀川豊彦と世田谷郷」の記念講演会は2回とも多くの方々にご来場いただきました。やはり世田谷が地元の方々が多くご来場され、当館としても地域に密着した活動ができて嬉しく思います。共催していただいた上北沢図書館と下馬図書館の皆様には感謝申し上げます。また、両図書館での「賀川豊彦と世田谷郷」のパネル展示は9月9日(水)までとなっていますので、まだご見学されていない方はぜひご覧になってください。

#賀川豊彦と世田谷郷
#上北沢図書館 様
#下馬図書館 様
#世田谷
#賀川豊彦記念松沢資料館
#賀川豊彦

今年は現在の大学生協の前身となる「東京学生消費組合」が創立されて100年となります。東京学生消費組合は「学生は学生の店へ」という理念のもと、1926(大正15)年に賀川豊彦と安部磯雄によって創立されました。掲載写真は東京学生消費組合の早稲田...
08/08/2026

今年は現在の大学生協の前身となる「東京学生消費組合」が創立されて100年となります。東京学生消費組合は「学生は学生の店へ」という理念のもと、1926(大正15)年に賀川豊彦と安部磯雄によって創立されました。掲載写真は東京学生消費組合の早稲田売店前の記念写真です。前列中央に安部磯雄、安部の左側に賀川豊彦が写っています。

安部磯雄は新島襄から洗礼を受けたキリスト者であり、同志社の教員時代の1898(明治31)年には日本で最初の大学生協を創り上げました(約1年で解散)。その後に安部は早稲田大学の教授となったので、東京学生消費組合創立の際は早稲田の学生を中心に創られました。

安部磯雄は賀川豊彦とともに大学生協の第一人者であるだけではなく、早稲田大学野球部の創設者でもあり、野球の普及と発展に尽力したので、「日本野球の父」「学生野球の父」とも呼ばれています。そのため「野球殿堂」が創設された最初の年(1959年)に、安部磯雄は特別表彰として野球殿堂入りを果たしました。

賀川豊彦と安部磯雄との関わりや大学生協の歴史については研究本が意外と少ない印象なので、今後の研究の発展に期待しています。また以前もお伝えしましたが、明日の8月9日(日)から8月17日(月)までは夏期休館日となっておりますので、よろしくお願いいたします。

#大学生協
#早稲田大学
#生協
#野球
#賀川豊彦記念松沢資料館
#賀川豊彦

今年度も8月3日(月)から、賀川豊彦記念松沢資料館では学芸員実習を開始しています。写真①は本日行った実習の一つ、常設展示場の展示資料の整備作業です。普段は透明なアクリルケースで囲われている展示資料を、ケースを外して状態確認を行います。アクリ...
06/08/2026

今年度も8月3日(月)から、賀川豊彦記念松沢資料館では学芸員実習を開始しています。写真①は本日行った実習の一つ、常設展示場の展示資料の整備作業です。普段は透明なアクリルケースで囲われている展示資料を、ケースを外して状態確認を行います。アクリル越しではない生の資料を確認することにより、資料の実際の質感や他の情報などが分かりとても興味深いです。

本日の午後は、文書資料の脱酸処理(写真②)や掛け軸の展示作業(写真③④)なども行いました。明治~昭和中期頃まで使用されていた酸性紙による文書資料の酸化を防ぐために、脱酸処理作業が必要となります。写真②のように「ブックキーパー(脱酸性化処理剤)」を使用する方法や、弱アルカリエンベロープという保存用封筒を使用する方法があります。また、掛け軸展示作業では写真③④にある通り作業中に掛け軸の裏に資料の由来が記述されているのを発見することができました。実際に資料を触ることによる発見の多さについて、改めて学ぶことができました。

短い間ではありますが、当館で学ぶ知識や経験がかけがえのない財産となり、今後の人生で活かされることをお祈り申し上げます。

今回は開催日が近づきましたので、「賀川豊彦と世田谷郷」の関連企画について改めてお知らせいたします。写真⑤にある通り、8月8日(土)午後2時~4時の間、当館で杉浦副館長が「賀川豊彦の生涯」と題して講演を行います。参加費は無料ですが要事前申込なので、上北沢図書館に申込をしていただき、ぜひともご参加をお願いいたします。

#学芸員実習
#博物館
#学芸員
#世田谷
#賀川豊彦記念松沢資料館
#賀川豊彦

03/08/2026

♢夏期休館のお知らせ♢
8月9日(日)~8月17日(月)は休館とさせていただきます。

7月29日(水)に、第五回カガワ労働組合スクーリングが開催されました。カガワ労働組合スクーリングは、今後の労働運動を担うリーダーの方々や協同組合の方々を対象に、賀川豊彦と労働運動の歴史と理念を学びあうことを目的として毎年7月に開催されます。...
31/07/2026

7月29日(水)に、第五回カガワ労働組合スクーリングが開催されました。カガワ労働組合スクーリングは、今後の労働運動を担うリーダーの方々や協同組合の方々を対象に、賀川豊彦と労働運動の歴史と理念を学びあうことを目的として毎年7月に開催されます。今回も連合・中央労福協・ろうきん協会・こくみん共済coopなど労働運動に関わる組織の方々15名の参加がありました。

スクーリング開始前には『灯りをともした人々』の動画が上映されました(写真②)。『灯りをともした人々』は、1921(大正10)年に賀川豊彦が指導者として活躍した川崎・三菱造船所労働争議を日活が撮影したものを、戦後22分のドキュメントとして再編集されたものです。この動画は労働争議における大デモ行進と、一瞬ですが当時33歳の賀川の姿も記録されている貴重なものです。

講演Ⅰでは、当財団の理事であり連合顧問の逢見直人様が『賀川豊彦と労働運動』と題して講演を行いました(写真③)。日本の労働運動の歴史と概要を解説した後、賀川豊彦著の『自由組合論』や『労働者崇拝論』などを取り上げて労働運動における賀川の言葉を多く紹介されていました。労働者の自由と人格の尊重を訴えた賀川の生の言葉は、熱意を帯びていてとても説得力があるものでした。

講演Ⅱでは、早稲田大学教授の篠田徹様が『賀川豊彦とその世界』と題して講演を行いました(写真④)。篠田教授は「賀川レンズ」という言葉を用いて、現代の労働運動、協同組合運動を「賀川だったらどう見るか」という視点で考える必要性を述べていました。また、労働組合と協同組合の連携(労協連携)について、賀川はそれを初期から体現しており、時間と空間を越えて現代においても地域の労協連携を実現することが重要だと述べられました。賀川の牧師としての活動や貧困問題への取り組みによって、アメリカや中国など多くの国々で賀川が評価されていたことを鑑みて、現代の混迷する国際情勢においても「違う国々が同じ価値観で動ける余地があるのか?」という考察がありました。賀川の理念の普遍性と現代の国際情勢を織り込んだ、非常に学びのある内容でした。

最後は交流プログラムとして、法政大学教授の伊丹謙太郎様の指示のもと、グループディスカッション(写真①)とグループ発表が行われました。グループ発表では、「私たちの新しい労働運動のスタイルを一言で表すなら」というテーマで、各グループ5分ほどの発表が行われました。

Aグループは「セツルメントな労働運動」というタイトルで(写真⑤)、賀川が貧民街に自ら身を投じて活動を行ったことから学び、労働運動に関わる人々の当事者意識をより一層引き出して、外から見えやすい労働運動を行うことが重要との報告がありました。

Bグループは「可視化された労働運動」というタイトルで(写真⑥)、現在の労働運動は若い人から遠くなり見えなくなってしまっている状況であり、声なき声を拾い労働運動の意義を分かりやすく伝えることで可視化された労働運動を行うことが重要との報告がありました。

Cグループは「斬新な労働運動」というタイトルで(写真⑦)、産業別・職業別の労働組合の機能を強化して、団体交渉における交渉力を強化すること。そして各単組の交流を強化していくことが重要との報告がありました。

最後にグループ発表を受けての逢見様のまとめがありました。逢見様は過去の経験から、「連合=大企業正社員のためのもの」というイメージを払拭するために尽力されたこと、そのためにAグループのセツルメント(よりそい)、Bグループの可視化、Cグループの企業の枠を越えた行動というのは今までも連合で行ってきていたことなので、今回のスクーリングで学んだ賀川の精神を軸として、今後も若い世代の方々にグループ発表で報告された労働運動を行ってほしいというエールを送られました。

長時間ではありましたが、無事に第五回カガワ労働組合スクーリングは終了しました。今後の労働運動を担う、皆様方のご活躍をお祈り申し上げます。

#カガワ労働組合スクーリング
#労働運動
#労働組合
#協同組合
#賀川豊彦記念松沢資料館
#賀川豊彦

今回は、下馬図書館と上北沢図書館で「賀川豊彦と世田谷郷」の企画展が開催されていることにちなみ、世田谷区八幡山の「大宅壮一文庫」で有名な大宅壮一と賀川豊彦の関係についてご紹介いたします。大宅壮一(1900~1970)は「マスコミの帝王」と呼ば...
25/07/2026

今回は、下馬図書館と上北沢図書館で「賀川豊彦と世田谷郷」の企画展が開催されていることにちなみ、世田谷区八幡山の「大宅壮一文庫」で有名な大宅壮一と賀川豊彦の関係についてご紹介いたします。

大宅壮一(1900~1970)は「マスコミの帝王」と呼ばれたジャーナリストで、「駅弁大学」「恐妻」「口コミ」といった現代においても聞きなじみのある造語を次々と作り出し、戦後日本において多面的な評論活動を展開しました。大宅壮一の所蔵資料を基に日本初の雑誌図書館として開館した「大宅壮一文庫」、ノンフィクションライターの登竜門として知られる賞である「大宅壮一ノンフィクション賞」など、彼の業績は現代においても継承されています。

掲載写真は、賀川豊彦と杉山元治郎が1922(大正11)年に創立した「日本農民組合」の足尾銅山における集会の写真です。写真の最前列中央が賀川豊彦で、賀川の右隣が杉山元治郎、賀川の左隣に学生服で眼鏡をかけている青年がいますが、彼こそ若き日の大宅壮一です。写真が撮られた具体的な年代は不明ですが、賀川の見た目と大宅が学生服を着ていることから(大宅の東京帝大時代?)1922~1923年頃の写真と思われます。

大宅壮一は大阪の旧制茨木中学時代に賀川と出会い、親交を深めていきました。賀川の主導による川崎・三菱造船所争議の大デモ行進では大宅は伝令役となり、農民運動で木崎村小作争議が起こった際も賀川とともに様々な支援活動を行っています。大宅壮一は、賀川の貧民街での救貧活動から、『死線を越えて』の出版により全国的な有名人になる過程、各社会運動へと邁進する姿を、間近で見ていました。自らの人生観、人格形成に多大な影響を与えた「賀川豊彦」という人物について、大宅は賀川の死後に「噫々(ああ)賀川豊彦先生」という追悼文を書いています。賀川豊彦の論評の中でも屈指の名文なので、機会があればぜひご覧ください。

#大宅壮一
#世田谷
#マスコミ
#大宅壮一文庫
#大宅壮一ノンフィクション賞
#賀川豊彦記念松沢資料館
#賀川豊彦

住所

上北沢3-8/19
Setagaya-ku, Tokyo
156-0057

電話番号

+81333022855

ウェブサイト

アラート

賀川豊彦記念松沢資料館がニュースとプロモを投稿した時に最初に知って当社にメールを送信する最初の人になりましょう。あなたのメールアドレスはその他の目的には使用されず、いつでもサブスクリプションを解除することができます。

事業に問い合わせをする

賀川豊彦記念松沢資料館にメッセージを送信:

ショートカット

共有する